【相撲コラム】新大関・髙安誕生!

2015年4月26日の大相撲超会議場所2015にて(管理人撮影)※この画像を2019年2月9日にWikimedia Commonsにアップロードしました。

2017年1月場所で小結の地位で11勝4敗、3月場所では関脇の地位で12勝3敗、そして5月場所で11勝3敗と三役の地位で3場所連続で好成績を挙げた髙安が、5月場所終了後の5月31日の臨時理事会にて大関に推挙され、満場一致で大関昇進が決定した。
新大関誕生は2015年5月場所後の照ノ富士以来2年ぶり。日本出身力士では2014年7月場所後の豪栄道以来約3年ぶり、茨城県出身では2011年11月場所後の兄弟子・稀勢の里(現72代横綱・牛久市出身)以来5年半ぶりとなる。

生い立ちから平成生まれで初の関取誕生まで

1990年2月28日、茨城県土浦市にて日本人の父親とフィリピン人の母親との間に生まれた晃少年。土浦第一中学時代は野球に打ち込んでいた。勉強嫌いもあり高校進学も考えていなかった中で、中学3年の冬休みのある日、父は晃少年を車に乗せてある場所へ向かった。その場所こそ、元横綱・隆の里が師匠を務める鳴戸部屋(現・田子ノ浦部屋)であった。当初晃少年は見学だけのつもりだったが、「身一つで稼ぐほうが性に合う」として卒業と同時に入門、2005年3月場所で初土俵を踏んだ。
しかし当時の鳴戸部屋は一部で「刑務所」と揶揄されるほどの厳しい指導で知られており、その厳しさに耐えかねて入門から半年の間は脱走を繰り返した。ある時は赤信号で停車中の車から逃げ出したり、またある時は千葉県松戸市の部屋から土浦市の実家まで自転車で6時間をかけて逃げたりと、実に7度も脱走を企てた。しかし、入門から1年が経過したある時に父が大病を患ったことがきっかけとなり、一層相撲に打ち込む決心を固めることとなる。
入門から3年後の2008年5月場所で幕下に昇進。その後も徐々にではあるが番付を上げていき、入門から5年が過ぎた2010年9月場所、西幕下13枚目の地位で全勝優勝を果たし、翌11月場所で十両昇進を果たした。同じく11月場所で新十両となった舛ノ山(奇しくも髙安と同じ日比ハーフである)と共に、平成生まれで初の関取が誕生した。十両の地位では3場所連続で勝ち越し(中止となった2011年3月場所を除く)て2011年7月場所で入幕を果たし、以後幕内に定着した。

大関候補となるまで

2011年11月場所直前には師匠の鳴戸親方が急逝する悲しみを味わうが、兄弟子・稀勢の里が大関に昇進した2012年1月場所では自身も幕内上位に番付を上げ、中日には結びで横綱・白鵬と対戦。平成生まれで初の結びを務めた。翌2013年1月場所では12勝3敗の好成績で初の三賞(敢闘賞)を獲得。自己最高位の東前頭筆頭で迎えた翌3月場所では日馬富士から初の金星を挙げるも5勝10敗に終わるが、7月場所では西前頭筆頭の地位で1横綱(日馬富士)2大関(鶴竜・琴欧洲)を破る活躍で9勝6敗となり殊勲賞を獲得。翌9月場所では新小結(平成生まれで初の三役)に昇進する。
新小結の場所は5勝10敗に終わり、続く11月場所も3勝12敗と大きく負け越すなど苦杯の時期もあったが、2014年7月場所では最後まで優勝争いに加わる活躍を見せ11勝4敗で敢闘賞。11月場所では横綱白鵬・日馬富士、大関豪栄道を破る活躍で殊勲賞。翌2015年1月場所では8場所ぶりの小結に。将来の大関候補としての期待が高まってきた。

大関の座を掴むまで

それでも三役定着とまではいかなかった髙安だったが、3度目の小結昇進で迎えた2016年7月場所では11勝4敗の好成績で三役で初めて勝ち越すと共に、初の技能賞を獲得。新関脇となった翌9月場所では終盤まで優勝争いに加わる活躍で10勝5敗(敢闘賞)。ついに大関獲りに挑戦することとなった。しかし、12勝すれば大関昇進の期待がかかった11月場所であったが、7勝8敗に終わり、大関獲りは振り出しに戻った。
しかし翌2017年1月場所では初優勝と綱取りへ向けて白星を重ねる兄弟子・稀勢の里に触発されたのか、白鵬・鶴竜の2横綱、照ノ富士・豪栄道・琴奨菊の3大関を破る活躍で11勝4敗(敢闘賞)。稀勢の里が横綱昇進を果たし、自らは太刀持ちを務めることとなった翌3月場所では初日から稀勢の里と共に10連勝。11日目から3連敗を喫したものの12勝3敗(殊勲賞)。そして10勝以上で大関昇進がかかった5月場所で11勝4敗(技能賞)を挙げ、場所後の5月31日に行われた臨時理事会で大関昇進が決定。大関・髙安がここに誕生した。

そして頂点を目指す

大関昇進の伝達式では、「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と力強く答えた髙安。6月11日に水戸市の第19代横綱常陸山像前で行われた稀勢の里の奉納土俵入りで最後の太刀持ちを務めた際には「郷土の大先輩の横綱の前で土俵入りできるのは、すごく感慨深いものがあった。自分もいつか、違う形で戻ってこられたらと思いました」と、次は横綱としてここに戻ってくることを誓った。
常に兄弟子・稀勢の里の背中を追い続けてきた髙安だが、次は横綱として稀勢の里と共に並び立ち、より角界を盛り上げていくことを切に願ってやまない。

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